2025/04/25
黒猫ミステリー賞 第3回受賞作 発表
受賞者
魚崎 依知子(うおさき いちこ)
鳥取県出身・在住。既刊に『夫恋殺 つまごいごろし』(角川書店)、『お宅の幽霊、成仏させます! ―鳥取ハイブリッドADR事務所―』(今井出版)がある。
受賞コメント
この度は栄えある賞を賜りまして、誠に光栄に存じます。選出してくださいました産業編集センター出版部の皆様に、心より御礼申し上げます。
本作は、形になるまでに時間のかかった作品でした。どうにもしっくり来ない人物を消しては書き直し、新たに必要になった人物を加えては書き直し……。物語が散漫になりそうな要素を、ごっそり取り除いたこともありました。執筆に臨む前にはいつもおおまかな骨組みを作成するのですが、本作では「◯◯の事件が起きる」と「●●で解決する」くらいしか役に立たなかったように思います。
それでも諦めず書き続けたのは、悩み苦しみを抱えながらも懸命に生きる(決して器用とは言えない)子どもたちが、長く暗いトンネルを抜けるところを見たかったからです。ほっと一息つく姿を、誰よりも待ち望んでいたのは私でした。書き終えたときには肩の力が抜け、大きな安堵に浸されたのを覚えています。まるで、親としての役目を終えたようでした。
改めまして、この物語を本として世に出す機会に恵まれましたことに、深く感謝いたします。多くの方に彼らの成長を見届けていただけますよう、祈っております。
受賞作概要
親友が殺されてから約4年。高校生になった志緒の周りで新たな事件が起きる。それはトラウマが要因で成長が止まってしまった彼女の心を大きく抉る事件。亡くなった親友の妹が拉致されたというのだ。
彼女の心の拠りどころ、「トーマス」と慕う小児科医の戸増は、過去の事件との共通点を示唆。志緒と友人たちは、警察への捜査協力の名のもと、徐々に事件の深部へと介入していく。
そんな中、慮外な人物の存在が浮かび上がり……。
総評および受賞作講評
第3回黒猫ミステリー賞へのご応募、ありがとうございました。
応募総数は240点。サスペンス、叙述トリック、探偵もの、警察もの……さまざまなジャンルの作品群が、10代から80代までの幅広い世代の方々から届きました。
審査員一同で慎重に議論を重ねた結果、第3回の受賞作として選出したのは、魚崎依知子さんの「時計は二度凍らない」です。
本作の主人公は、小学生の頃に起きた事件がきっかけで成長が止まってしまった高校生の女の子。彼女を長年支え続ける主治医の戸増先生(通称トーマス)や友人らとともに、新たに起こった事件と過去の事件を重ね合わせながら、少しずつ解決に導いていく様子が描かれています。
事件そのものは非常に凄惨で心痛を伴うものではありますが、さまざまないきさつを抱えもがく登場人物たちの心象風景の描き方や、極寒に耐え雪解けと共に芽吹く草花を思わせる結末が審査員の胸を打ち、受賞への運びとなりました。
受賞作は改稿の後、今秋の刊行を目指します。
受賞者
南原 武 改め 暁烏 壱才(あけがらす いっさい)
1991年生まれ。北陸在住。
恐らく懐古主義者。古いものに触れることが多くなった。
時代についていけなくなりつつあるのかもしれない。
受賞コメント
安井健太郎先生。
約二十年前に初めてあなたの著作に触れた時、「世の中にはこんな面白い本があるのか」と、衝撃を受けたのを覚えております。
私はそれまで読者として消費する側でしたが、この衝撃が作者として創作を志すきっかけとなりました。
友人から手渡されたカバーのない、どこの出版社のかもわからなかった薄紅色の文庫本を、今でもまじまじと思い出すことができます。
この度産業編集センター様とのご縁があって、目標である同じ土俵に立つことが叶いました。
この場を借りて、ご報告申し上げます。
後は、私を歩ませたこの衝撃を、作品として皆様にお届けすることを目標にさせて頂きたく存じます。
時が経ち、カバーが剥がれようと、手に取る人の心に触れるものを作りたい。そう考えております。
本作はミステリー賞において、謎解き要素が評価されたわけではございません。このままではミステリー読者にとって、中身のないマカロニのようなものでしょう。お届けするまでに、中身を感じられる出来に仕上げたく存じます。
この度は特別賞という枠組みを設けて、拙作を拾ってくださった選考委員の皆様に感謝を申し上げます。
受賞作概要
「わしは妖怪狩りを生業としておる」
明治後期、僕が居候した小松牛乳店には、狂四郎というゴクツブシが寄生していた。日夜遊び惚けているばかりで、仕事をしている気配がないが、「妖怪狩り」が生業だと言い張る。民衆の無知蒙昧に付け込み、人心を流言飛語で惑わす連中を、飯の種にしているとのこと。ならばと、僕は狂四郎という人物を見定めるため、同道することになった。
そして「天狗犬」や「化け猫」の正体を暴く狂四郎のひととなりを知るうちに、僕は彼を見直し、相棒となることを心に誓ったのだった。
受賞作講評
僕と狂四郎、居候先の牛乳店店主を軸に展開する「妖怪記」(あやかしかいき、と読む)は、なんといってもキャラクターが抜群に良い。選考にあたった者全員の記憶に残り、心惹かれた作品です。テンポもよくて明治末期の雰囲気も楽しめます。
ただ残念なことに、ミステリー的展開の物足りなさがどうしても気になりました。
様々に検討し、この度は「特別賞」を本作に授与することとなりました。急拵えの感が否めませんが、選考の段階からファンがついた作品です。賞の名前はともかく、この作品を単行本として残せることを心から嬉しく思います。
受賞、誠におめでとうございます。
受賞作は改稿の後、今年後半の刊行を目指します。
暁烏壱才さんの今後の動向にもぜひご注目ください